イカロスは愚かだったのか
- BOBIN
- 2025年12月3日
- 読了時間: 2分
更新日:3月13日

そのアーティストの音楽は、
今は傍にいない大切な人を言葉で、旋律で大切に描くものだった。
それは手に入らなかった愛を偲ぶメロディーではなく、
愛しい人を想い慈しむような営みでもなく、
手の中にあったのに、何よりも大切だったのに、だからこそ手離した傷跡そのもの。
自分を突き落とした、その場所からでなければ描けない絶望の景色。
その傷跡から彼は素晴らしい音楽を織り出し、声援と光の中へ一気に駆け上がった。
そうすることでしか、彼は生きていけなかった。
そうすることでしか、彼は自分を許せなかった。
自分のままで大切な人と過ごすことと、
多くの人の憧れであり続けること、
それが相反することだと気が付いた時の絶望はどれほどのものだっただろうか。
素の自分は許されない存在。
この世に存在するための自信も理由も、何もかもが不足している。
人の望む姿を具現化し、誰にも追従できない才能を発揮し、
心を切り刻んで大きな感動と共鳴を生み出す存在になり、
初めて息をすることが許されるような気がする。
そんな彼が、一見、自分勝手にすら見える理由で、
大切な人を突き放した痛みと覚悟はどれほどだっただろうか。
彼にとって安心は恐怖。
苦痛と渇望からにじみ出るように奏でられる美しい音楽。
それは心を切り裂いた悲鳴でできていて、聴く人の心を揺さぶらない訳がない。
愚かだったわけじゃない。
傲慢だったわけでもない。
そうすることでしか生きられなかった。
(あまり高くまで飛ぶと、危ないよ)そう教えてくれた人もあった。
たとえ、他に選択肢があったとしても、そうすることしかできなかった。
そしてそれを望んだ。高く、高く、光に向かって。
一番大切な人と引き換えで手に入れた、光に向かっていく。
もう振り返ることもできない。



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