母親はつらいよ:自分じゃ見えない自分の背中
- Yukiko Ishii
- 3月30日
- 読了時間: 3分

「自分のことくらい自分でわかるから」と言われたら
私はきっと「おぉ、そう」と返事をするだろうけれど、
ここで改めて問いたい。
本当に自分のこと、自分でわかるだろうか。
とある母クライエントが話してくれた。
「娘が発熱をきっかけに、その後しばらく通院しなければいけなくなって、
新学期、3者面談の席で担任の先生にそのことを説明したときのこと。
先生が娘に向かって(そっか、それは怖かったね)と声をかけてくれて、
娘は頷いて、私の隣で静かに顔に手をやったんです。
その時は私、気にとめていなかった。
でも、後になってそういえばあの時、娘は涙をこぼしていたんだと気が付いて。
病院に行った時も、治療の時も、通院について話し合った時も
娘は一言も(怖い)なんて言わなかったし、そんな素振りも見せなかった。
すごく冷静で強い子だなと感じていました。
そんな娘を見て私も悲観的にならないように、
(きっとよくなると思う、今できることをひとつひとつ頑張っていこうね)と
声をかけてきたけれど、 (怖い)とは少しも思い至らなかった。
どうしてわからなかったんだろう。
娘が涙をこぼしたのは、あれは(わかってもらえた)の涙だと思うんです。
じゃぁ、どうして私はわかってあげられなかったのか。
なんか考えちゃって…。
私が人の気持ちを察することができないのかと思ったけれど、
人の感情に過敏すぎてそれに振り回される自分。
だからここ(カウンセリング)に来ているのだし。
それでね、もしかしてなんですけど「我慢」なのかなって。
私、子どものころから自分に恐怖を禁じてきた。
いつ何時、親の目に留まり気分ひとつで叱られるかもわからない中で育ったから、
(怖い)を表情や態度に出すと、もっと攻撃されるから、
いつでも(なんともない)という態度でいるようにしてきた。
そんな私のことを周囲の人は「いつも落ち着いていて冷静」だといいます。
私はずっと自分の(怖い)を存在しないものとして扱ってきた。
だから、娘の(怖い)も見えなかったのかな、と思って。」
この母クライエントは、カウンセリングがかなり進んで
回復の過程でこのことを語ってくださったのですが、
自分で自分の我慢に気がつけるのは、
自己理解がかなり進んで自分のことを客観視できている証拠でもあり、
これは通常だとなかなか自分から語れることではないのです。
そして、娘さんはそんなお母さんの生き方を後ろから見ていて、
お母さんの前では同じように(怖い)を表現しなかったのだと思うんですよね。
つまりお母さんの頑張りを踏襲しようとしていた。
母クライエント本人が自覚していなくても、
子どもはちゃんと母の背中を見ていて、そのルールをなぞろうとしている。
そんな姿だと思います。
こんな話を書きながら、
私自身も昔、扇風機のボタンを足先で押していたら、
3才の子どもがヨロヨロしながら不器用に足でボタンを押しているのを見て
ショックを受けたことをなどを思い出したりしました。(笑)
自分のことって案外、自分ではわからない。
特に意識に上らない、水面下で身について日常的に繰り返してきたルールは、
なぜそうせざるを得なかったか?に立ち戻って理解して、
その正体がわかって、初めて意識に上ってくるものです。
そして、自分のことを言葉で語る、
言葉にしながらもう一度じっくり眺めてみるを繰り返し、
それを紐解いていくのがカウンセリング。
自分でも気づけなかった
新たな自分の姿が見えるようになるかもしれません。
ご興味がありましたら、ぜひ当カウンセリングルームへお越しくださいね。



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